デジタルとアナログの混在が文書事務の業務効率を低下させる。
事務業務などのICT化に取り組む自治体は増えているが、業務分野ごとに導入を進めてきたことでシステム構成が“サイロ化(縦割化)”している自治体も多く、今回取材した北九州市と下関市でも、デジタル文書と紙文書の混在による文書事務の煩雑さが問題視されていた。
※パブリッククラウド:オープンな環境下で不特定多数のユーザーがインターネットを経由して利用できるクラウドサービスのこと。サーバーやソフトウエア、回線など、すべての環境をユーザー全体で共有でき、リソースを共有して利用するため、費用を抑えることができる。一方、プライベートクラウドは企業(自治体)が独自に構築した環境であり、各部署やグループ会社のみが利用できるといった違いがある。
※下記はジチタイワークス特別号May2020(2020年5月発刊)から抜粋し、記事は取材時のものです。
[提供](株)日立製作所 公共システム営業統括本部
例えば、デジタル化された行政文書は文書管理システムやファイルサーバーの共有フォルダで保存、電子メールはグループウェアで保存、FAXや郵送による紙文書はファイリングするなど、それぞれ文書の種類によって発信方法と保存方法が異なっている。そのため、文書を配布・供覧する事務作業が標準化されておらず、保存文書を検索・閲覧する作業に時間を取られている。
また、同じ通達文書が各課で保存されるため、ディスク容量が増加する非効率な面も発生していたとか。そうした状況を改善し、職員が本来の業務に集中できる体制をつくるため、庁内に働き方改革に向けた文書事務改善のワーキンググループを立ち上げたり(北九州市)、RPA(※1)の実証事業を実施したり(下関市)と、両市それぞれが業務効率化の取り組みを進めていたという。
“経済的かつ短期間”での運用をめざしパブリッククラウドの活用を検討。
ワーキンググループの立ち上げと並行して北九州市は、パブリッククラウド活用による効率化の手法を模索していた。「すでに多くの企業・団体が採用しているパブリッククラウド上で提供されているAIサービスなどを活用し、システム開発にかかる期間を短縮することができれば、早期に先進のデジタル技術が活用できるのではないか。また、システムをオーダーして1から構築する場合に比べてコストも抑えられるのではないかという、“攻め”と“守り”の両面を狙っていました」と、北九州市総務局情報政策部の神野 洋一さん。
そこで同市は、日立製作所が各地の自治体に提案していた「地域IoT連携クラウドサービス」を使い、行政のLGWAN(※2)接続系端末からパブリッククラウドの「AWS(アマゾンウェブサービス※3)」に接続する実証事業をスタート。約2カ月という短期間であったが、パブリッククラウドと庁内とのセキュアな接続を確立するとともに、文書事務改善アプリケーション(プロトタイプ)をクラウドサービスの利用により短期構築できることを確認した。
その結果を受けて同市は、お隣の下関市に「AIによる自治体業務総合支援実証事業」の共同実施を提案。提案からわずか1週間ほどで下関市からの賛同を得て、クラウド共同利用に向けてプロジェクトが始動した。下関市総合政策部情報政策課の岸本芳郎さん曰く、「当市と北九州市は、古くから密接な関係を持ち、関門海峡を中心に一体的な都市圏・経済圏を形成してきました。今回のプロジェクトも、その“関門連携”の一環であり、事務業務の効率化やコスト削減については、当市も解決策を模索している状況だったので喜んで参加しました」。
AI活用の業務改善が、将来的には市民サービスの向上にも結びつく。
2市による実証事業は、AIを用いた①文書閲覧システム②庁内FAQシステム③議事録作成支援ツールが3本柱だ。①では、通達文書や事務連絡文書を電子化してクラウド上で一元管理。文書の内容(属性)ごとに自動認識・自動登録が行われ、あいまい検索によって必要な書類を検索・閲覧しやすくした。加えて、ペーパーレス化による経費節減も可能だ。②ではチャットボットを活用。「パスワードを忘れた!どうすればいい?」といった職員からの事務処理に関する質問の回答をAIが探し、自動応答を行う。
これにより、庁内での問い合わせ対応業務を軽減。経験の浅い職員へのヘルプも可能になる。③は、ビデオや音声データのテキスト変換機能を使い、議事録等の書き起こし作業の軽減を図るものだ。「これまで約60分必要だった議事録の書き起こしが約20分で済むようになりました。文書閲覧システムも庁内12の課で試用検証中です」と神野さん。岸本さんも、「職員だけで問題を解決しようとしても限界がありますが、民間企業と協働して新しい技術を導入することで、やりたかったことの実現に向かって進んでいます。知識・技術の官民連携が、職員の業務の効率を高め、結果として市民のためになるという実感を得ました」と語る。
両市は、本実証の終了後、実装する機能とコストとのすり合わせなどを行いながら、令和2年10月からシステムの本格運用をめざしている。その後は、周辺自治体や他の大規模自治体(政令市・中核市)へのシステム共同利用化に向けた提案が計画されている。
左:北九州市総務局 情報政策部長 神野 洋一(かみの よういち)さん
右:下関市総合政策部 情報政策課 課長 岸本 芳郎(きしもと よしろう)さん
※1RPA:Robotic Process Automation(ロボティック・プロセス・オートメーション)の略。定型化しやすい業務のルールをロボット(ソフトウェア)に認識させ、業務をロボットに代行させる自動化技術。
※2LGWAN:Local Government WAN(ローカル・ガバメント・ワン)の略。地方自治体を相互に接続する総合行政ネットワーク。
※3Amazon Web Services、AWSは、米国その他の諸国におけるAmazon.com,Inc.またはその関連会社の商標です。
Solution■課題解決のヒント&アイデア
01煩雑化する内部事務を標準化し、職員の作業軽減を図ることからスタート。
業務効率化をもたらすように思える行政事務の電子化も、テキストデータ文書とPDF文書、電子メールなど媒体の形式が多様化しつつ、従来の公文書媒体としての紙文書も残ることで、逆に文書管理作業を煩雑にし、本来の業務の妨げになっていることに着目。業務遂行に必要な文書データの副本をクラウド上に一元化し、検索や閲覧を容易にすることから効率化を開始した。
02単独での実証事業の経験を活かしながら2市でのパブリッククラウド共同利用へ発展。
当初、既存の文書管理システムへの追加機能として文書閲覧システムを構築することを検討していた北九州市だが、パッケージのカスタマイズ工数の大きさからコスト面で断念。その後、パブリッククラウド上で新規構築する手法へ方向転換した。パブリッククラウド活用により業績を上げている民間企業が増えているが、それは何故なのか、どの程度のコスト削減が可能なのか、行政データの安全性は担保できるのか、などといった疑問から、日立製作所と連携し、北九州市単独での実証事業へ。さらに、その経験を活かす形で2市共同での取り組みへ発展させた。
03両市の「違い」や「めざす成果」を細やかにすり合わせ、そのために必要な機能を追求。
クラウドの共同利用にあたっては、両市の事務処理の違いが最初の課題に。例えば決裁区分ひとつを取っても、北九州市はA・B・C区分なのに対し下関市は甲・乙・丙といった具合だ。このような細部のすり合わせに加え、共同利用において両市がめざす成果の違いなどを確認。そのうえで、「どの程度の機能が必要なのか、事務は共通化できるのか」というシステム仕様と事務フローに関する情報を収集し、その共有を図りながら実証事業を進めていった。