文部科学省は、学校教育の質を高めるため、教育に関連する様々な場面でICT活用を進めるという方針を打ち出している。全国の教育現場においてICTの活用が進められているが、なかなかうまくいかないという話も聞こえてくる。
東京都墨田区では、他自治体に先駆けて平成21年度からICTの整備を始めた。同時に、現場でICTを推進するための研修にも力を入れているのが特
徴だ。墨田区立の中学校で校長を務め、現在は墨田区教育委員会 庶務課・教育情報担当の渡部 昭さんに同区での取り組みやうまく進めるコツを聞いた。
※下記はジチタイワークスVol.9(2020年4月発刊)から抜粋し、記事は取材時のものです。
[提供] 東京都墨田区
3期に分けて段階的に校内のICT環境を整備
「グローバル化やAIなどの技術が急速に発展する時代において、子どもは情報やICTをうまく活用する力を身に付ける必要があります。また、この数年はアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)の視点から学習・指導方法の改善を図ろうという動きも活発になり、ICT教育の重要性がますます高まっています」と渡部さん。
墨田区では平成20年度に「墨田区立学校ICT化推進計画」を策定し、3期にわたって段階的に環境を整備してきた。平成21年度からの第1期は、全職員に校務パソコンを配布し、各校3~4台電子黒板を整備。コンピュータ室の更新時にはタブレット端末を導入した。
続く平成26年度からの第2期には「いつでも・だれでも・どこでも」をコンセプトに掲げ、特別教室を含む全教室に可動式プロジェクターを設置すると共に、使いやすさを重視し管理職を含む全教員にタブレット(iPad)を配布。教員は家庭科や理科の授業で手元を映したり、板書と併用してプロ
ジェクターを使うなど、授業でICTを活用するようになった。さらにクラウドを使い、校務パソコンと教員用タブレットとのデータ共有、コミュニケーションやアンケート集計ツールなども利用できるようにした。「例えば、小学校の体育部教員が中心となって模範動画を撮影し、区内の教員に配信して授業に生かしたところ、児童の体力テストの数字が向上したという結果も出ています」。
左:中学校では教材データを共有して協働学習を実施。右上:墨田区内のどの小・中学校からも東京スカイツリーが見える。
右下:授業中に自分のノートをタブレットで撮影し先生に送信する児童。
さらに平成30年度からの第3期には、モデル校として小・中学校各1校に児童生徒用のキーボード付きタブレット(iPad)240台を整備し、児童や生徒のICT活用を開始。文部科学省が当初提示していた3クラスに1クラス分の整備(1日1コマ分程度、児童生徒が1人1台環境で学習できる環境)での活用を行っている。さらに、モデル校となった小学校では、期間限定で5・6年生が1日中、1人1台タブレットを持つという実証実験も行った。その結果、児童はタブレットを“自分のもの”として大切に扱い、休み時間にキーボードの練習をしたり、操作を教え合ったり、情報交換をしたりするなど、積極的に活用する成果が見られたという。
「第1期はICTを整備することで校務を効率化し、第2期にはICTを活用して授業を改善。そして第3期は、それまで先生が教えるための教具だったICTを、児童生徒が学ぶための道具として活用するフェーズに入っています」と渡部さん。
ICT推進のためにはリーダーシップが重要
墨田区が学校ICTの整備と共に重視してきたのが、管理職などを対象としたICTマネジメント研修だ。第1期から管理職向けの研修会を続けてきたのは「当時日本ではICT教育が進んでおらず、ロンドンなど先進的な海外の現場を視察。その際に、管理職がICTを得意としていなくても、その意義をしっかり理解して学校でどう活用するのかビジョンを持ち、リーダーシップを発揮することが重要だと感じたから」と強調する。この研修は、日本教育工学協会(JAET)が行う「学校におけるICT活用のための管理職研修プログラム」の墨田区版。JAETが英国で行われていた管理職向けICTリーダーシップ研修プログラムを参考に独自に開発した。
平成23年度から始めた校長、副校長、ICTリーダー対象の「ICT活用マネジメント研修」は、平成25年度からは主幹教諭も受講してもらうことに。その結果、各校2割近い教員が毎年受講する研修となった。「ビジョンを共有して推進できる人材を校内に増やすことも研修の目的の一つです」。
この研修では、大学の先生など専門家から講義を受けたり、自校の情報化の現状を把握してグループや全体でシェアしたり、課題と対応策を洗い出し整理してプレゼンテーションを行ったりする。このほか「21世紀型スキル研修会」「ICTリーダー研修会」「ICT活用研修」「プログラミング教育研修会」など各種研修を通して、良い活用法や情報を共有してスキルアップを図っている。
How To
01:ICTの“整備”と“研修”は車の両輪
全教室にプロジェクターを整備し、全教員にタブレットの配布を始めたのは平成26年度。その3年前から管理職等へのICT研修を毎年実施していたため、ICTを活用する意義を学内で共有できており、スムーズに進められた。
02:「いつでも・だれでも・どこでも」を実現
文部科学省はまず普通教室の大型提示装置の整備を呈していたが、墨田区では理科室や音楽室など特別教室を含めた全教室への整備にもこだわった。教員用のタブレットには操作が簡単な機種を選び、気軽に利用しやすい環境を整えたことで浸透した。
03:充実した研修で互いに高め合う
「ICT活用マネジメント研修」はJAET事務局の協力のもと、大学の先生方等に講師を務めてもらう。受講者アンケートでは「世界のICTの状況が興味深かった」「新学習指導要領が目指していることのイメージが分かった」「毎年新しいことを知ることができてうれしい」「演習を通して自校の改善点を整理できた」「校長・副校長先生と話す機会が持てて良かった(主幹教諭、ICTリーダーから)」などの感想が寄せられており、研修プログラムが多方面で役に立っていることが分かる。
Result
段階的に学校ICT化を推進して教具だったICTが学びのツールになりつつある
管理職向けの研修を9年続けることで抵抗感なく現場でICTが浸透している
情報化社会を生きていく子どもたちにとって、ICT活用のスキルは欠かせません。墨田区では校長がリーダーシップを発揮してICTの導入と活用を推進し、教員が授業の改善に役立て、今は児童生徒がアクティブに学ぶために活用する段階に入ろうとしています。これらの根幹にあるのは管理職等向けの研修。ICTの整備と研修を並行して進めることが大切だと実感しています。
墨田区教育委員会 庶務課・教育情報担当 渡部 昭さん