法律で設置が定められている「防火戸」は、火煙から建物や人命を守る大切な設備。しかし、その設置場所では重要性どころか存在すら認識されていないケースが多く、戸の前に荷物を置くなどの違反が後を絶たないという。そうした現状の改善を狙って、横浜市が制作した「防災戸ピクトグラム」をご存知だろうか。運用開始から1年半、取り組みの詳細について、同市建築局建築監察部違反対策課 石田 彩さんに聞いた。
※下記はジチタイワークス防災・危機管理号Vol.3(2020年2月発刊)から抜粋し、記事は取材時のものです。
[提供]横浜市
意外と知られていない「防火戸」の重要性
「防火戸」と防火戸で区画される「防火区画」は、火災時の火煙の伝播を最小限に止め、避難経路を確保する役割を担う重要な防災設備だ。しかしその重要性が十分に周知されておらず、戸の前に荷物が置かれたり、開け放たれたままヒモで固定されたりといった不適切な管理が、各地の施設でも横行しているという。過去には民間施設だけでなく、国の庁舎などでもこうした法令違反が見られたことがあったのだとか。※
※総務省報道資料『「国の庁舎における利用者の安全および利便の確保に関する行政評価・監視」の結果の公表』による
「人命を守る、絶対に」というスローガンのもと、日々違反の是正に取り組む横浜市建築局違反対策課でも、防火戸の適切な維持管理は積年の課題。同課の石田さんによると、市内で5年間に800件ほど発覚する建築基準法違反の中でも、非常に多いのが“防火区画に関する違反”で、全体の約4分の1に上るという。
「防火戸は火災から人の命を守るための大切な設備です。例えば、平成13(2001)年の歌舞伎町ビル火災においても、一酸化炭素中毒で44名もの犠牲者が出ました。その原因の一つには、防火戸の不備があります。しかし、どれだけ指導しても、防火戸に関する違反は減るどころか増え続けているのが現状で、我々も頭を悩ませていました」。
誰でもひと目で分かるデザインのステッカーに!
防火戸管理の違反をどう是正していくか——他自治体の事例を参考にし、有効な指導法を模索する中で浮上したのは、「ステッカー」というアイデアだった。「建物の所有者にどれだけ違反の是正指導をしても、実際に建物を使用する人に届かなければ意味がありません。ならば“これは防火戸であり、火災時に閉まった状態であることが必要です”というメッセージを直接扉に掲示する方法が有効なのでは?と考えました」と石田さん。
まずは、市役所内のデザイン部署に相談し意見を交換する中で、「ステッカーのデザインは、文字だけではなくピクトグラム(単純化した絵文字)を採用するべきでは」という考えに至った。そして、ピクトグラムに精通した市内のデザイン会社にピクトグラムとそのステッカーの制作を依頼することになったという。
「東京オリンピックも控えていますので、言語以外で伝わるものにしようという意見でまとまりました。制作のゴールに据えたのは“誰にでもひと目で分かること”。デザイナーはクリエイティブのプロとしての目線、我々は一般使用者としての目線から議論を重ね、このデザインに決めました。火災に関するマークだとすぐに想起できるように、赤色にもこだわって作っています」。
こうして誕生した「防火戸ピクトグラム」は、平成30(2018)年7月に運用を開始した。まずステッカー化したものを横浜市役所の防火戸に貼付。次に庁舎管理者への説明を経て、区役所や消防署にも順次貼付。
石田さん曰く、「横浜市は職員数が多いため、防火戸に対する認識や理解度もまちまちでした。ですが、ステッカーの貼付後は認識が統一されたように思います」。また、区役所の庁舎管理者からは「市民の安全につながって助かる」と歓迎の声が上がったという。同年秋には、市内のビルオーナー向けの研修会にて、講演を行った。後日申し込みのあった施設に対し、防火戸ピクトグラムのステッカーを無料で配布した。
現在では、約260ほどの施設に、計約1万6,000枚が貼付されているという。加えて、「あのステッカーが欲しい」という依頼の電話も多数あり、さらに増える見込みだ。ちなみにステッカーの配布コストは、職員による窓口配布のため印刷代のみ。デザインの異なる5種類のステッカーを合計3万9,400枚発注し、1枚あたり約13円ほどで印刷することが出来た。
大がかりな工事が必要ないため、どこにでもすぐに導入が可能。一度貼付すれば何年も使用できる低コストな防火対策として、費用対効果が期待できる好事例と言えるだろう。
肝心の違反件数の推移はどうか——。「運用開始から日が浅いこともあり、違反件数が劇的に減ったという報告はまだできません。ですが、建物管理者の方々はステッカーを重宝してくださっています。『口頭で注意するだけでは伝わりづらいけれど、見てすぐに分かるピクトグラムがあれば、利用者に説明しやすくて助かる』と、よく声をかけていただいています」。
横浜市から全国へデータを無料で提供!
防火戸ピクトグラムの運用目的は防火戸の適切な管理だが、横浜市の狙いは他にもある。それは、防火戸そのものの存在をもっと多くの人に知ってもらうこと。そのため横浜市では、令和2(2020)年2月までに、全ての市立学校への防火戸ステッカーの配布を予定している。「例えば、非常口のピクトグラムは子どもの頃から誰もが知っていますよね。防火戸に対する意識も、非常口のように幼少期から育んでいこうという意図で、学校への配布を決めました」と石田さん。
さらに同課では、防火戸ピクトグラム推進の取り組みを、横浜市だけでなく全国に広げようと試みている。ステッカーの無料提供は横浜市内の施設に限られるが、ピクトグラムのデザインデータは、申請さえ行えば無料で受け取ることができる。「このピクトグラムを全国の方々が広く目にするようになることで、防火戸の重要性がより周知されることを願っています」。
「防火戸ピクトグラム」ステッカーが出来るまで
●積年の課題
市内の施設において、防火戸の不適切な維持管理という、人命に関わる法令違反が多発。
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●原因の明確化
施設の従業員や利用者に防火戸の重要性がうまく伝わっていない。
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●対策を協議
防火戸の存在や正しい使用法について現場に認識してもらうため、ステッカーの制作を決定。
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●制作の実行と周知
情報伝達効果の高いピクトグラムを採用してステッカーの制作を完了。記者発表で周知を図る。
How To
01、課題の根本的な解決策を探る
防火戸の管理不足を解決するには、違反発生後に都度注意・対処するのではなく、違反を防ぐ根本的な対策が必要であることに気づく。そのため、現場における問題点を探り、実状に合った対応策を検討。全国での様々な事例を調べる中で、「防火戸に注意書きを入れる」という工夫に着目した。
02、「分かりやすさ」を追求する
文字だけで注意を促すのではなく、色やモチーフを工夫し、誰もがひと目で「防火」を直感的にイメージできるピクトグラムに。さらに、防火戸に貼るだけのステッカーにすることで、施設の管理者に負担がかからず、取り入れやすいようにした。
03、横浜から全国へ発信し、防火意識の向上に貢献する
今回の取り組みの目的は、「火災から、より多くの人命を守ること」。そのため、全国各地で同じ「防火戸ピクトグラム」を普及させる方法を検討。デザイン(データ)を無料で各地に提供し、地域の枠を超えた、防火意識の向上に努めている。
防火戸ピクトグラムのデータ提供をご希望の方は
横浜市防火戸ピクトグラムは利用申請書を提出の上、無料で使用することができる。
※使用にあたっては利用取扱要綱・要領を遵守のこと
詳しくは横浜市建築局建築監察部違反対策課「防火戸ステッカー」のホームページをご覧ください
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/kenchiku/sodan/ihan/boukadosticker.html
Interviewee's comment
万一の時に命を守ってくれる防火戸の重要性を、職員はもちろん住民にも幅広く周知することが大切。私たちが制作した防火戸ピクトグラムを通じて、防火戸の働きを多くの方々に理解していただきたいですね。皆様の安心安全を守ることが我々の役目だと考え、全国に広報しています。色々な自治体様でも、防火戸ピクトグラムやピクトグラムのステッカーを、ぜひご活用ください!
違反対策課 石田 彩さん