平成25(2013)年、放火による市庁舎火災に見舞われた宝塚市。被災を経験した自治体は、防災意識が強く、取り組みへの本気度も高い。しかし、その成果があらわれるまでには一定の期間を要するだろう。
事件から約7年、宝塚市はどんな取り組みを続け、どう変わったのだろうか。住民情報が集まる“燃えてはいけない”庁舎を、火から守る対策について、同市都市安全部総合防災課・防犯交通安全課、総務部管財課の担当者に話を聞いた。
※下記はジチタイワークス防災・危機管理号Vol.3(2020年2月発刊)から抜粋し、記事は取材時のものです。
[提供]兵庫県宝塚市
専門家による検証結果から防火対策を練り上げ
平成25(2013)年7月12日、市税収納課で事件は起きた。男が執務室に火炎瓶を投げ付けたことで火災が発生し、市民2名と職員4名が負傷、市庁舎1階の1,442.2㎡が焼損した。
事件当日の様子を撮ったDVDを試写などで放映すると、燃え上がる炎と立ち込める黒煙に圧倒され、言葉を失う人がほとんどだという。
事件発生から連休をはさんで4日後、市庁舎火災検証委員会を立ち上げ、全職員へのアンケートや被災部署職員、消防本部などの関係部署へヒアリングを実施。同年9月に中間報告書、翌年1月に最終報告書を発表し、これと同時期に防災啓発を目的としたDVD「火事だ!命を守るには…〜検証宝塚市役所〜」を制作。他自治体への配布を開始した。
「大きな火災にも関わらず死者や重傷者が出なかったため、全国の自治体から当時の対応を知りたいと視察が相次ぎました。その対応策として作られたのが、このDVDです。主な内容は、当時、偶然居合わせたカメラマンの映像や職員の証言、本市の防災・危機管理分野の政策アドバイザーである室益輝さん(ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長(当時)、現・兵庫県立大学減災復興政策研究科長、神戸大学名誉教授)の意見をまとめたものです。制作にあたっては、火災発生時に最短で脱出できる避難経路を確認・確保しておくことの重要性に力点を置きました」。
専門家の検証により、被害が抑えられた要因には次のようなことが挙げられた。①市庁舎が幅広(約2m)のベランダに囲まれた造りで、逃げ場を確保できたこと②天井が高く、煙が充満するまでの時間を稼げたこと③火災発生直後から職員が消火・排煙、避難誘導を行ったこと。その一方で、防火における問題点も検証から浮き彫りになった。これに対し、宝塚市が取り組んできた、庁舎の火災対策に有効な3つのHow Toを、次ページに取り上げる。
火災対策のHow To01
燃えやすい書類はロッカーへ!「扉を閉める」ことを徹底
検証の第一に、役所は机上に書類が多く、燃えやすい環境にあることが指摘された。「この指摘を受け、書類はファイリングロッカーに入れ、扉を閉めることが徹底されました。消防訓練でも、ファイリングロッカーの扉を閉める担当が追加されています。また、令和元(2019)年12月に、PC更新に伴う庁内ペーパーレス化推進計画を策定し、ペーパーレス化に取り組んでいます」。
火災後の庁舎内。
火災対策のHow To02
消火器で消せる炎の程度や煙の恐ろしさを周知
次に着目されたのは、職員の消火活動、特に消火栓の使い方の不備だ。火災時の初期消火は重要だが、目線より高い炎は消火器では消せない。その場合、屋内にある消火栓が有効だが、職員が使い方を正しく把握していない場合も多いという。
「消防訓練を通し、消火栓や消火器の習熟度向上に努めました。実際にオイルパン(オイルを入れる容器)の中に点火した炎を消す訓練を行い、消火器で消せる炎はどの程度なのかを意識するようにしています。また消防訓練マニュアルに消火器や消火栓の取扱い図を掲載しています」。
炎だけでなく、煙の恐ろしさに対する意識の低さも然り。煙には有毒ガスが含まれ、空気より軽いため上へのぼっていく。ベランダに避難しても、油断して立ち尽くせば煙を吸ってしまうのだ。「消防訓練前の講習会でDVDを視聴し、煙の恐ろしさを伝えています。煙を吸わないよう、口元をハンカチなどで塞ぎ、身を屈めた姿勢で避難することの大切さも周知しています」。
火災対策のHow To03
誘導は避難口側から呼び込み、通報の仕組みも機能的に
誰もがパニックに陥る火災現場では、率先して避難誘導を行える人が必要だ。「より効果的に誘導できるよう、離れた場所から避難口を示すのではなく、避難口側から呼び込むように改めました。また発災時、防災センター警備員の役割が多く、機能不全に陥った反省から、センター職員と市職員が連携して消防や警察、ガス会社へ通報する訓練を実施しています。さらに、防災センターと消防本部との間に自動通報装置を設置し、訓練でも活用しています」。
消防訓練の実施時期を5月頃(従来は翌年1月頃)に変更したというのも、異動が多い自治体に有効な発想だ。「これにより職員一人ひとりが、4月の人事異動後、年度のできるだけ早い段階で、1年を通じて担う自衛消防組織での役割を自覚できるようになりました」。
日常生活の中で危機意識を持ち続けることが大切
この火災は放火が原因だったため、宝塚市では不審者に対する防犯対策にも力を注いできた。
「防犯カメラを9台新設、さすまた(防犯武具)を約200本配備、防犯交通安全課の警察官OB職員を1名から2名に増員するなど、様々な取り組みを行いました。昨年発生した京都アニメーション放火事件のように、まだまだ多くの建物では火災・防犯対策が不完全であると思われます。災害対応全般に言えることですが、危機管理に対する投資は最優先すべきところ、後回しになってしまっていることが問題ではないでしょうか。継続的な設備改善に取り組みつつ、日常生活の中に危機意識を持ち続けることが大切だと考えています」。
CHECK!
これまで約800団体へDVDを配布・貸出し!現在も無料で貸出し中
検証DVDは、自治体だけでなく、DVD制作協力団体、防災行政に関わる機関や市民団体などまで、市内外を問わずに配布。貸出しや宝塚市による一般向け試写・放映を含めると、延べ800団体ほどの手に渡ったという※。
「ご覧いただいた中には、自動通報装置の導入をしたという自治体がありました。また、『消火器と消火栓の位置をその場で確認した』『庁内で防災部局以外への回覧や研修の機会を設けた』との報告も。定期的にDVDを視聴することで、新人職員やアルバイト等にも危機意識を持ってもらえるとの声も届いています」。
※令和2(2020)年1月現在、現在は貸出しのみ。
DVD貸出しについて:総合防災課http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/1013056/1011509/1013063/1009186/1029987.html